元アスリートが語るスポーツの仕事「やる」から「つくる」へ-Vol.15-元プロ野球選手 江草仁貴さん(前編)
2019年05月11日 インタビュー アスリートマネジメント/セカンドキャリア Written by Sports Japan GATHER
SJNでは、アスリートとスポーツを愛する人でつくる新しいコミュニティーメディア「Sports Japan GATHER(ギャザー)」のご協力を得て、記事提供を頂いております。
特集『元アスリートが語るスポーツの仕事 「やる」から「つくる」へ』では、元アスリートの方々にセカンドキャリアについて話を聞いています。
今回は、元プロ野球選手で、現在はデイサービス事業を行う株式会社キアンで代表取締役を務める江草仁貴さんの登場です。
(出典:Sports Japan GATHER『元アスリートが語るスポーツの仕事「やる」から「つくる」へ-Vol.15-元プロ野球選手 江草仁貴さん(前編)』2019年2月15日)
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「デイサービス事業で役に立ちたい」
江草仁貴(えぐさ・ひろたか)さん/38歳
プロ野球選手→株式会社キアン代表取締役
■介護施設設立に至った“祖父母への想い”
プロ野球から介護の世界へ飛び込んだ元投手がいることを知っているだろうか。
阪神タイガースや広島東洋カープなどでプレーし、2107シーズン限りで引退した、江草仁貴さんだ。2002年に自由獲得枠で阪神に入団すると、2005年には先発・中継ぎ両方でフル回転し、リーグ優勝に貢献。
2007年からは、3年連続で50試合以上の登板を果たすなど、ブルペンに欠かせない存在として輝きを放った。その後は埼玉西武ライオンズを経て、2012年から6年間広島に在籍。貴重なリリーフ左腕として数々の実績を残してきたが、ユニホームを脱ぐ決断に至った理由は何だったのだろうか。
「やはり、自分の思い通りの球が投げられなくなったことです。若手のころと比べたら明らかに劣っている、というのは自分の中で感じていました。経験や投球術でカバーできたところも最後のシーズンはダメでしたね。
でも、悔いはまったくありません。むしろ自分の中では“やりきった!”という気持ちの方が強いですね。それに引退することが決まったとき、『あぁ、もう練習しなくていい』と、少しホッとしたんです(笑)。加えて、首も痛めていたので、現役時代はいつも首がちゃんと動くか心配しながら練習や試合に臨んでいたのですが、そんな不安を感じなくなったのも、何だか解放された気分になりましたね」
プロになって4~5年目ごろから首のヘルニアを患っていた江草さん。引退後、打撃投手として誘ってくれた球団もあったが、首痛のこともあり誘いを断っていたという。では、自身のセカンドキャリアについてはどのように考えていたのだろうか。
「現役時代から引退後のことについては考えていました。2012年のシーズン前に西武から広島にトレードされたとき、『あ、もう次はないな』とクビを覚悟していたので、そのあたりからキャリアのことを意識するようになりましたね。
いろんな職業を模索していく中で、飲食店の経営も考えましたし、普通にサラリーマンとして働いてみたい気持ちもありました。ですが『自分だからこそできることって何だろう?』と考えたときに、パッと介護の仕事が浮かびました。
私は幼少期からずっと祖父母と暮らしていて、おじいちゃんとおばあちゃんが大好きだったんです。現役時代のシーズンオフに訪れていた介護施設でも、高齢者の方々に笑顔で迎えられていたことに喜びを覚えていたので、やるべきは高齢者の役に立てる『デイサービス事業』なのではないかと考えたんです」
こうして引退直前の2017年7月、広島市内に株式会社キアンを設立。普通の介護施設ではなく、プロ野球生活の中で培った身体のケアに関する知識や経験を生かせる、リハビリ型デイサービスの経営者として新たなキャリアをスタートさせた。
■事業継続に必要なケアマネージャーとの信頼関係
しかし、介護施設を立ち上げるにあたり、周りからは反対されることが多かった。日本では、年々高齢者の数が増え続けているため、成長産業として介護事業に新規参入する企業は多いが、失敗して撤退することが後を絶たないのだ。
介護施設の売り上げは、介護保険制度に大きく左右されるが、2015年の『介護報酬改定』により、小規模デイサービスの介護保険報酬が10%近く削減と、経営者からすると厳しい状況となっている。
「相談した相手からは“え、何で介護なの!?”とか、“続けるのは大変”って言われることが多くて……。賛成してくれる人はあまりいなかったですね。でも、結局は誰かがやらないといけない仕事なわけですから、だったら率先してやろうと。それで結果を出せたら最高ですしね」
現役時代はシーズンオフにさまざまな施設を回り、介護について勉強。業界の知識を徐々に深めていったが、野球一筋の人生だったため起業・経営に関する専門的な知識は乏しく、会社立ち上げの際は苦労が絶えなかったという。
「定款(ていかん)変更をするとき、通知などの費用や専門家への報酬等でお金が掛かってしまうんですけど、そのことについて当時の僕は知らなかったので『え、これだけでこんなにお金が掛かるの?』って(笑)。他にも驚いたことは多々ありますが、お金のことに関しては分からないことだらけでしたね」
経営者という立場ではあるが、江草さんのメイン業務は営業。介護事業所が業界で生き残っていくには、自力で集客し、利用者を獲得していかなければならない。そのため、ケアマネージャー(※介護を必要とする人が、介護保険サービスを受けられるように、ケアプランの作成やサービス事業者との調整を行う)への定期訪問は、事業継続において“必須条件”となっている。
「利用者の方はどこが優秀な施設なのか、ということはほとんど知りません。やはりご高齢者が多いので、インターネットを利用する方は少ないですから、施設の情報を知る機会がないんですよね。だからこそ、ケアマネージャーの方から“この施設は良さそうだから行ってみてください”と、自社の魅力を直接伝えてもらうことが、利用者獲得につながります」
広島市内だけでもケアマネージャーの事務所は100カ所以上あるというが、把握している場所は全て回ったという。それでも何度も顔を出し、信頼関係を構築していく。江草さんは、そのためのコミュニケーションを欠かすことはない。
「介護施設は利用者の“命”を預ける場所です。例えば、新しく立ち上がったデイサービスに利用者を入居させたとして、そこが経営困難に陥って倒産してしまったら、他の施設に移らざるを得なくなる。最悪の場合、利用者が路頭に迷うこともあるわけです。だから自社のように設立して1年ちょっとの介護施設は、様子を見られるというか、信用できるかどうか見極めるまでに時間がかかる。同業者の方は“最初の2〜3年は本当に地獄だった”というくらい、預けてもらうことは本当に大変です」
現在は60〜90代の約70名の利用者がいるが、ビジネスを安定して継続するにはまだまだ人数は足りないという。とはいえ、事業はスタートしたばかり。現役時代に地道な努力で首脳陣の信頼を勝ち取ったように、介護業界でも一歩一歩信頼関係を築いていく。
(後編へ続く)
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[PROFILE]
江草仁貴(えぐさ・ひろたか)
1980年生まれ、広島県出身。大学卒業後、ドラフト自由獲得枠で阪神タイガースに入団し、3年目から強力リリーフとして1軍に定着。145キロの直球と、フォーク・ツーシームという2種類の落ちるボールを駆使してロングリリーフもこなし、シーズン50試合以上の登板をこなせる貴重な中継ぎ左腕として活躍。その後、埼玉西武ライオンズへの移籍を経て、2012年に広島東洋カープへ移籍。2017年、現役引退。現在は、株式会社キアン代表取締役としてリハビリ型デイサービス事業を行う。
HP:株式会社キアン
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(※データは2019年2月15日時点)
【了】
取材・文=佐藤主祥
取材協力=スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポート戦略における{アスリートと企業等とのマッチング支援}」
記事提供:Sport Japan GATHER
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